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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(マ)3号 決定

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

本件申請は、訴訟法上許さるべきものでない。左にその理由を述べる。

仮処分決定に対して異議申立又は仮処分判決に対して上訴の提起があつた場合に、その異議又は上訴の提起のあつたことを理由として民事訴訟法第七四八条、第七五六条に従つて、同法第五〇〇条又は第五一二条を準用して、その仮処分裁判の執行を一時阻止すべき停止決定を求めることができるか否かの問題は、学説上多少議論の存するところであるが、一般的には原則として消極的に解すべきものと考える。思うに、仮処分の裁判は判決である場合においても、その性質上仮執行の宣言を要せずして直ちに執行力を有するのであるが、仮処分という名称の示すとおり、将来本案訴訟において確定せらるべき請求(権利又は法律関係)を保全するために、仮になされる緊急処置に過ぎないものである。従つてかかる仮処分判決が執行されるとしても、そこに実現されるものは、本来あくまで仮の緊急処置の範囲内のものであるべき筈である。しかるにこれに反し民事訴訟法第五〇〇条又は第五一二条の規定は、確定判決又は仮執行宣言付判決に対して、再審又は上訴の提起があつて、将来これらの判決の取消又は変更の可能性が予想され得る状態にあるにも拘わらず、強制執行の実施によつて判決の内容が即座に終局的に現実化して、債務者に対して償うことのできない損害を生ぜしめてはならないという配慮に基づいて、債務者のためこれまた一時的の応急措置として執行停止の命令を求めることのできる制度を設けたものである。言いかえれば前者は権利保全のための仮の緊急処置であり、後者は権利の実現阻止のための一時的の応急措置である。

前述のごとく(一)仮処分は権利の終局的実現を目的とするものでなく、単に権利の保全のために仮の緊急処置を講ずるに過ぎないものであるから、仮処分判決に対しては確定判決又は仮執行宣言付判決に対する場合とは異り権利の終局的実現を阻止するために一時的の応急措置を講じ執行を停止する必要は本来の性質上存在しないのである。しかのみならず(二)若し仮処分判決に対し上訴の提起があつた場合に前記規定を準用して、形式的にただ上訴の提起があつたことを理由として保証さえ立てれば、常に何時でも、容易にその執行の停止を求めることができるものとすれば、簡易に仮処分の裁判そのものの取消を得るのとほぼ同一の目的を達することとなり、緊急事態に対してなされる仮の緊急処置の効果を阻害し、仮処分制度による特別保護の目的を滅却することとなる。一般に仮処分をもつて仮処分裁判の執行を停止することはできないと説かれるのも、その主たる論拠は結局上述するところに帰着するのである。又仮処分決定に対して異議の申立があつた場合について、訴訟法が第五一二条のような規定を特に設けなかつたのも、全く同じ理由に基づくのであつて、一派の論者のいうように必ずしも立法者の不用意な忘却によるものとは思われない。異議の申立によつて仮処分決定の取消又は変更をするには、必ず判決の形式をもつてしなければならないことを要請した訴訟法が、仮処分決定そのものの取消と同様の結果を生ずるその執行の停止を決定の形式ですることを容易く認容する筈はないものと言わなければならぬ。要するに、仮処分判決に対して上訴を提起した場合には一時的に応急措置を講じて執行停止をする本来の必要性が存在しない点と、若し執行停止を許すとすれば仮処分制度の目的を滅却するに至る点を考慮すれば一般的に原則としては、執行停止を許すべきものでないと結論するを正当と信ずる。

しかしながら、上述の原則論は現実になされた仮処分が、その本来の使命である権利保全のためにする仮の緊急処置たる範囲を逸脱しておらないことを必要条件とする。若し万一誤つて仮処分裁判の内容が、権利の終局的実現を招来するごときものであつて、その執行が債務者に対して回復することのできない損害を生ずる虞のある場合においては、民事訴訟法第五〇〇条の前記立法精神に徴しても、かかる仮処分裁判に対して異議又は上訴の申立のあつたときは、例外として同条及び第五一二条の規定を類推して、債務者のために一時的の応急措置を講じその執行を停止する途を開く必要の存することは多言を要せざるところである。そして又かかる場合においては、執行停止を許したとしても、それが仮処分制度の目的を滅却するという批難は当らない。それ故、かかる場合には特に例外として執行の停止を許すべきものと解すべきである。このことは一般に仮処分の執行については強制執行に関する規定を準用すべき旨を定めている民事訴訟法第七四八条、第七五六条の精神にも全く合致するものと信ずる。

さて本件について考えてみると、疏明として提出された原審仮処分判決正本によれば本件仮処分は「控訴人の委任する福井地方裁判所執行吏は、別紙目録記載の建物の内、階下の物置(約三畳)、台所、住居用便所、床下貯炭場、階上の十畳、八畳、四畳半の三室及びこれに附属する洗面所、住居用便所を除きその余の部分に対する被控訴人の占有を解いてこれを占有保管すべし。右執行吏は、現状を変更しないことを条件として被控訴人にその使用を許すことができる。」というのであつて、その内容は毫も仮処分本来の目的範囲を逸脱したものと言うことができない。従つて、前記例外を認むべき場合に該当しないことはまことに明白であるから、本件仮処分判決に対して上告を提起したことを理由としてなされた本件執行停止の申請は許容することを得ない。

よつて、申請費用は申請人の負担すべきものとし、主文のとおり決定する。

この裁判は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野 毅 裁判官 斉藤悠輔)

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